社殿彫刻と彫刻師後藤利兵衛義光

社殿について
現在の社殿は、天保8年(1837)2月1日焼失し、天保13年に再建されたもので、本殿、弊殿、拝殿は一連の権現造りである。本殿、弊殿は総檜造りで、その経費おおよそ三千両を要し、以前にも勝る社殿の建立を見るに至った。
本殿 八幡太郎義家 絵馬 弊殿 墨絵の龍 本殿奥
後藤利兵衛義光
殊にこの時、社殿内外に見事な彫刻装飾が施され、その彫刻を施したのが、安房の代表的彫刻師、後藤利兵衛義光である。この叶神社の彫刻は、彼の生涯を通しての最高作云われ、彼の出世作となった.
向拝の龍 棟木を支える力士像 拝殿花鳥彫刻へ

社殿について

現在の社殿は天保13年再建されたもので、本殿、弊殿の内部は悉く彩色され、本殿の柱は金箔朱塗り、桝組は繧繝彩色、蟇股は緑青色で彩られている。
そして、内部の74面の花鳥草木の彫刻はすべて極彩色となっており、本殿扉は黒仕立鑞色塗、内面は金箔押しと云う、華麗な装飾がなされている。
弊殿の天井墨絵の龍、拝殿の大絵馬は、香雪斉円州の描いた傑作と云われる作品である。

拝殿彫刻LinkIcon

後藤利兵衛義光

後藤利兵衛義光は安房国朝夷群北朝夷村(現千葉県千倉)出身であり、当社彫刻は、利兵衛がまだ江戸京橋の彫刻師後藤三次郎恒俊の弟子として、後藤利兵衛光定と称して居た28歳の時の作品である。
この後、利兵衛は師匠の江戸・京橋の三次郎への奉公を終えてから、腕を磨く修行を兼ねて、上洛し、京都・東山の智積院の扁額や、鞍馬寺の扁額を刻み、醍醐三宝院の院主金剛宥性上人より、「如意雨宝居士」の法謚(ほうし)を賜った。

拝殿彫刻LinkIcon

境内社について

厳島神社 
 寛永3年(1626)勧請
三峯神社 
 明和7年(1630)8月勧請
 旧西浦賀村 商人諸廻船航海安全の為 
大鷲神社 
 元鎮守と称し、叶神社創立前勧請
武雄神社 
 弘化元年(1844)5月勧請
 旧西浦賀村田中住民尾島善四郎心願成就の為
船守稲荷神社 
 元文4年(1739)2月勧請
老山福寿稲荷 
 享保11年(1726)2月勧請
 旧西浦賀村宮下店住民
淡島神社   
 享保9年(1724)5月勧請
金比羅神社  
 幕府船改番所設置後、享保11年(1726)諸船舶航海安全の為、旧西浦賀村住民勧請 

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